秋!真っ只中でみられること、考えること、信じること・・。

今日も快晴の秋晴れ。昨年は台風の到来で中止になった時代祭京都三大祭りの一つです。葵祭祇園祭り、そして、この時代祭です。どのお祭りも世界各国からの観光客で今日はいつにも増して観光客の方がゾロリゾロリと。私たちは、土曜日や日曜日になっていたために、今年は久しぶりに、御所から出発のお祭りの行列に加わる第七講社の人たちを見送りました。それにしても、平安神宮で所蔵されている衣装やそれにまつわる様々なお品の数々。素晴らしいですね。三大祭りのどれをとっても、その数・鮮やかな色・それぞれにある京都の文化、雅さには目をみはるものがあります。今はただ、この行列を見ているだけの子ども達も、この行列に含まれている日本の歴史に興味を示し様々な文献を読み解く人になるかもしれませんね。様々な経験が子ども達を育てます。

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それから今日の献金礼拝は、いよいよクリスマスに突入です。まだ秋なんだけど、感謝祭の練習もやっとその導入に差し掛かったところなのに。そうなんです。でも子ども達の頭の中では、整理ができています。マリア様・ガブリエルさんなどの名前が出てくると「あ、あ〜!」と頷きながら聞いているのがよくわかります。神様がお選びになったマリア様とはどんな人だったのでしょう。神様のお使いとしてお役目を果たすガブリエルさんはどんな働きをされるのでしょうか。これからお話に出てくる様々な人がイエス様のお誕生を心まちにします。自分にはどんなことができるのかな? 自分にしかできないことってなんなのかな?自分に与えられた立場は何なのか? 自分に与えられている力ってなんなのかな? それを生かすってどんなことなのかな? など様々な場面を通して、神様の業に触れ、神様を信じ、そしていつもそこには「祈り」があることを覚えていきます。そして、自分の心(特にありがとうを感じること)にある内面の動きを見つめ直し、ある時は献金を通して、感謝を示すのです。教会の献金は、お寺や神社のお賽銭とはちょっと異なりますね。お賽銭は祈願する事と祈願成就の御礼というような意味と捉えていますが、自分からの願いをお願いすることが主流。でも、献金はお願いの手附金ではなく、自分が受けたものの中から、神様の前にあるその仲間(集団)に対してお献げするものであると思っています。感謝に対してお献げするもの、それを誰か人様のために役立てることが大切になって来るように思います。自分の出来る範囲で、自分のできること、自分でしようとすることの一つの表現ではないでしょうか。そんな献金礼拝で、緑組の子ども達はサーバーというお役目をもらい、献金袋、献金盆を通してそのお金(献金)の重みを知っていくのではないかと思います。確かに、誰のためにどのように使われ、いくら献金すれば良いのかと迷われる方もたくさんおられることでしょうね。教会に足を運ばれたことのなかった方々においては。でも、子ども達の小さな手でお献げする大切な献金には、額を考えていただくことよりも、こんな嬉しいことがあったから「ありがとうしようね」「神様の愛の御用にのために・・」と親子で心を一つにしていただくことこそが大切な献金になり、そのうちやってくるクリスマス献金にも繋がるのではないかと思います。いつもお祈りが共にあることを忘れずに。

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